2012年5月25日金曜日

夏日のロンドン



遂に5月らしい天気になった!今日の最高気温は26度。イギリスにもこんな日があるのだ。と、ロンドナー達も思っているに違いない。異常なくらい寒かった4月—5月中旬の天気と打って変わっての夏日。すると急に公園は活気づく。ガーデニングする人も増える。これで近くに泳げる海があれば最高なのだが。


イギリスは緯度が高いので、6月の夏至の日には(ロンドンでは)10時過ぎまで明るい。今日も、日の入りは20時58分である。紫外線も強く、芝生で寝転んでいると日差しがじりじりする感覚がある。


天気が良ければ、イギリスで過ごす夏も捨てたもんじゃないと思うのだけど、こんな天気の良い日があと何日あるのか。また天気が悪くなる前に、夏服を出して思いっきり楽しもう。


2012年5月21日月曜日

テムズ川の流れ

週末、ロンドン西部の友人宅を訪れた際、テムズの河畔を散歩した。テムズ川は、ロンドンの隅田川のようなもの。テムズなくしてロンドンなし。テムズが題材になった、小説、劇、歌、詩は数えきれない。
テムズは、南西部のグロースターシャー(州)に水源があり、345kmの長さでイングランドで一番長い川になる。イングランドを横断し北海に流れ込むテムズ。ロンドン西部でも満ち潮の時は、明らかに川が逆流しているのが解る。
ロンドン中心部のテムズ川は、両側に大きな建物がごちゃごちゃと建っていて、いかにも大都会の川という印象だが、ロンドン西部は住宅地が増えるせいか緑も多く、いかにもイギリスという、しっとりした風景に変わる。どこへ行っても必ずパブがある所がイギリス。
雁などの水鳥だけでなく、白鳥もいる。結構、人間慣れしていて、逃げない。
レガッタ(ボート)の練習も盛ん。毎年テムズ川で行われるオックスフォード大学対ケンブリッジ大学のレガッタ•レースは有名。(早慶戦のノリ?)写真に写ったのは、女性のチームのよう。
そして河畔に立つ個人宅も絵に描いた様にイギリス風。やっぱりイギリスと言えば庭に薔薇のあるお家。
日本にもある懐かしい藤の花。水彩画に出て来るような雰囲気。
塀の上から顔を出していたワンちゃん。カメラに向かってポーズしてくれました。
テムズもロンドン東部、エセックス州とケント州の河口の辺りだと、川幅が広くなりヨットや漁船などが浮かんでいて、川という雰囲気はなくなる。機会があったら、テムズがイギリス海峡に流れ込む辺りの町の様子を紹介したい。

2012年5月17日木曜日

モーリス•ダンス

先週末、ロンドン中心部にあるチェアリング•クロス駅の向かい側の広場で、モーリス•ダンスを目撃した。え?こんな所に、モーリス•ダンサーがいる!?


私がイギリスで働き始めた時、イギリス人の同僚に「イングランドらしい伝統芸能を見たいでしょ」と言って連れて行かれたのが、ロンドン近郊の田舎で行われたモーリス•ダンスだった。正確には、彼女はウェールズ人なのだが、彼女のイングランド人の旦那さんがモーリス•ダンサーで、定期的に各地で開催される集いに参加しているので見に来ないか、という事だった。


モーリス•ダンスは、イングランドのフォーク•ダンスと言われていて、起源は15世紀頃。一般大衆が始め、全国に浸透したそう。(モーリスという名前の起源については、いろいろな説があるようです。)ダンサーは、生演奏の音楽に合わせ棒や剣、ハンカチなどを持って、グループで踊る。男性同士だけでなく、女性同士、また男女混合の踊りもあり、踊り終わると近くのパブで楽しく一杯(いや、二杯、三杯?)、というのがパターン。当のイギリス人の間では、真剣に取り組む人達がいるかと思えば、「あんなださいダンス」という意見も出ている。伝統芸能に対する見方はどこの国でも一緒!?
(何故、キルトを履いた男性がいるのかは不明。)
地方毎にグループがあり、彼らが着ているチョッキの後ろには、通常その地方を代表するシンボルが描かれている。今まで見た中で、一番印象に残ったのは、チェシャー州から来たチーム。彼らのチョッキのシンボルは、不思議の国のアリスに出て来る、チェシャ猫だった。そう、あの、にやーっと笑った猫の顔である。その時、とってもイギリスだ!!と思った。ちなみにチェシャーはチーズの産地でも有名なのだが、日本人にはやっぱりチェシャ猫の方が有名なんですね。(笑)


2012年5月14日月曜日

PAUL大好き

ポール•マッカートニーでもポールと言うイギリス人の男性の話題でもありません。(笑)老舗のフランス系のお菓子屋さん兼カフェの事です。


イギリスに住んでいるのだから、イギリスのお菓子屋さんの話題をと思ったのですが、私の頭の中には、イギリスのお菓子はアメリカ並みに甘く、大味、素朴だけど味がイマイチという図式が成り立ってしまっていて、これっ!と強くお勧め出来る場所が思い浮かばず、やっぱり一番に好きなのは、フランス系のお店になってしまいました。




ポールはロンドンに29店舗ほどあり、駅の構内などにも入っています。写真のお店は、私のお気に入り、こじんまりした雰囲気のオールド•コンプトン•ストリート(Old Compton Street)にあるポール。(ちなみにこの通りはゲイのお店が多く、いつ行ってもゲイの人達がいっぱいいます。)イギリスと小麦粉が違うのでしょうか、バターが違うのでしょうか、何故あんなにフランスのお菓子はおいしいのでしょう(笑)。ちなみに、ポールはケーキや、パイ、パンだけでなく、サンドイッチ、日替わりのスープやシチューなどもメニューにあります。コーヒーも紅茶も当然おいしい!クリスマスから新年にかけては、伝統菓子の王様のガレットなども販売しています。(指輪の代わりに、ポールのロゴの入った小さな陶器の飾りが入っていました。)

写真はピスタチオ味のマカロンと紅茶。フランスに行く時間がなく、ロンドンでフランスの味を楽しみたいなら、是非どうぞ。   http://www.paul-uk.com/

2012年5月10日木曜日

ロンドンで会った素敵な人:リルー•マセさん

ハワイ島滞在記に時間をかけてしまい、普段の生活で起きた事が後回しになってしまった。今回のお話は、ロンドンで会った素敵な人。


フランスとアメリカ両国籍を持つリルー•マセさん。彼女は、ロンドンに住んでいた時、マーケティング•ディレクターの仕事を失い、奮起。本当に自分がしたい事はなんだろう、自分に合っている仕事はなんだろうと模索した結果、ウェブTVのレポーターの仕事に導かれた。彼女のリルー•マセーTVは、精神世界の話題だけでなく、健康問題、環境問題、動物愛護、恋愛、等の話題もカバーしており、今までのインタビュー数は850本を越え、1千300万回以上のビューが記録されている。彼女がインタビューした著名人は、ウェイン•ダイヤー、ニール•ドナルド•ウォルシュ、ジェームズ•レッドフィールド、ドランバロ•メルキゼデク、日本からは森田玄•菊池ゆみ夫妻、などなど。(もちろん、地道に世界に貢献している一般の人もインタビューしています)インタビューは英語、フランス語、スペイン語がメインで、日本語の字幕が付いているものが数本ある。

彼女は昨年、"Juicy Living Tour"と銘打って、北米大陸とハワイ諸島にいる、いろんな分野の人達をインタビューして来た。2012年のアセンションの話題なども取り入れており、マヤの長老の話やC•コールマン博士の説など興味深く拝見させていただいた。今年は、その一環としてヨーロッパ•ツアーを決行。先日、ロンドン中心部で視聴者との交流会があったので顔を出して来た。

会ってまず思った事は、背が高い!!180cmあるという。フランスでも大きい部類に入るのが悩みと言っていた。瞳のきれいな人で、話をしてみると、気さくで地に足の着いた、裏表のない性格だというのが解った。ウェブのインタビューで見るのと同じ、そのままの話し方(笑)。そして、インタビューした人の裏話になった時に、どんな有名人が相手でも、その人の話しを鵜呑みにしないで、冷静に分析している事が良く解った。自分の役割を解っているから出来る事なのだろう。明らかにレポーターとしての資質を持った人で、これから、増々活躍して、色んなJuicyな人をインタビューして貰いたい。

日本に行きたいと言っていたので、そのうちジューシー•リビング•ツアー、アジア編で日本を訪れるかも!?ちなみに彼女の最新のインタビューはこちら。(英語です)

2012年5月3日木曜日

ハワイ島に導かれて•••(6)島のパワー

ハワイ島を去る前、最後に二つ、べたな観光スポットに行った。と言っても、ハワイ島にある場所なのでかなりのパワー•スポットである。


一つ目はキラウエア火山。ところが、昨年から火山活動が活発になり、カルデラの環状道路の一部は依然閉鎖されている状態。(噴煙を吸うと危険らしい)コナからキラウエアまで90マイルほどなのだが、火山からの煙で空にはスモッグがかかっている日が多く、土砂降りの雨が降ったりして、うねうね道を運転するにはベストコンディションではない。しかし、どうも呼ばれているような気がして、意を決してハイウェイ11号を飛ばした。いざ、走ってみると快調。2時間半ちょっとでビジター•センターに到着。行ける所(ジャガーミュージアム)まで行って、ハワイ島を代表する女神ペレ様にご挨拶。カルデラ一面、真っ赤なオーラが見えました。まさにペレ様の性格を表しているよう。すごいグラウンディング•エナジーです。

帰り道、時間があったので、サウス•ポイントという、アメリカ合衆国最南端の場所にも立ち寄りました。11号から入る道は、舗装状態が良くなく、否応なくスローダウン。北のワイピオ渓谷に対し、南のサウス•ポイントと言われるくらいのパワー•スポットで、次元の扉(ポータル)があると言われています。ものすごい勢いで「気」が海に向かって流れ出していました。

途中休憩で米国最南端のパン屋さん(カフェ兼パン工場)にも立ち寄りました。ここはハワイ島のスーパーなどで売られている甘いパン(グアバ味、マンゴ味、タロイモ味)の製造元です。プランテーションで働いていたポルトガル人が持ち込んだ、マラサーダというドーナッツがおいしかったです。私は紫色のタロ芋味の物をいただきました。


そして、二つ目の観光スポットはマウナケア。これもうまく日程が合い、ハワイ島滞在の最後の夜にツアーで登る事が出来ました。4205mの山の空気は薄く、素敵な男性を見た訳でもないのに心臓がちょっとドキドキ。登っている途中で虹も見え、山頂から見たサンセットは、とても神秘的でした。夜になると満点の星空で、久しぶりに天の川も見ました。小さい頃、天文学者になりたくて一生懸命、天体望遠鏡で東京の空を見上げていた自分を思い出しました。


今回の旅で、ハワイ島がパワー•スポットと言われる所以がよく解りました。土地の気という点だけでなく、まず、何かしたいとか、こうなったらいいなと思うと、それが2、3日以内に実現してしまうこと。実現のスピードが早い。例えば、今回、サーフィンの予定はなかったのに、トライしてみたいなと思ったら、サーフィンの先生が登場。安くサーフィン•レッスンをしてくれて、初心者の私が波に乗ることまで出来たのです。(おまけにパドル•ボードのレッスンも付いて来たが)他にも、一人で観光している時、ここで自分の写真を撮りたいなと思うと、写真を撮ってくれる人が突然出現したり。あ、これ必要ないと思ったら、すぐ他に引き取る人が出て来たり。きっと、ネガティブな事を考えてしまうと、逆にそれもすぐ実現しちゃうのでしょうね。


ハワイ島最後の日に受けたエンジェル•リーディングでは、私の魂の故郷が確認出来ました。なんとなく解っていたけど、ずっと心の奥に閉まっておいた秘密•••。他にも解ってくれる人がいた事が嬉しかった。2012年効果かな。


ハワイ島で得た学びは大きかったです。

2012年5月1日火曜日

ハワイ島に導かれて•••(5)イルカと泳いだ日



念願のドルフィン•スイムをした。これは船でコナ沖を北上し、移動中のイルカの群れの所に行き、一緒に泳ぐというもの。イルカの群れを見つけ、移動中の彼らが泳いで来る地点に船を回す。船長の「準備はいいか?飛び込め〜っ」というかけ声の下、皆一斉に海に入る。最初に飛び込んだ地点は、海底が白浜でバハマの海のようだった。(ハワイの海底は珊瑚と岩が多い。)ハワイの海にいるイルカはスピナー•ドルフィン(ハシナガイルカ)で、バハマのイルカちゃん達よりスリム•ボディ。一匹、ぶつかると思うくらい、すごく近くまで泳いで来たイルカがいて、かけた背びれや、ダルマザメ(クッキーカッター•シャーク)に咬まれた傷跡まではっきり見えた。目があった!「私の事をチェックしに来た?」と瞬時に思った。


水の中にいると、姿は見えないのに、ピーピーと言うイルカの鳴き声が聞こえる。イルカは視覚の代わりにソナー(超音波)を使い、水中の物体に関する情報を得る。心臓にペース•メーカーを着けている人も、解ってしまうという。


コナの南、ケアラケクアの辺りだと、イルカは休みに来るので余り動き回らず、落ち着いてイルカと泳げるらしいが、コナの北にいるイルカは移動中なので、来ても、すーっと素通り。彼らが行ってしまうと、ボートに戻り、次のイルカの群れを探し移動。イルカの群れが見つかると、また海に入るという事の繰り返し。かなりの数のイルカに遭遇出来たと思う。イルカ達は、水の上でジャンプしたりして、自由な彼らが羨ましくなった。


そして今回は、皆の憧れのマンタも見れた。クリーニング•ステーション(マンタのお風呂場?)の所で待っていると、すーっと泳いでくる。3枚(そうマンタは「匹」ではなく「枚」です)ほど、マンタが優雅に泳いでいる所を見ました。

水深20m以上はあるだろう所で泳いでも全然平気だったのは、快挙。もっと深い所で泳ぎたいと思ったくらい。そして、おもしろい事にイルカに追いつこうと夢中になっていて、はっと気がついたら、手を体の脇につけモノ•フィンを着けているような格好で泳いでいた。(人魚のポーズ?)つまり、無意識のうちにイルカのように泳いだら、一番効率よく泳げると体が判断していたようだ。


残念だったのは、ドルフィン•スイムがかなり商業化されて来ていて、一度に7、8隻ものボートがイルカの群れを囲い込んでいる時があった。ボートによってはマナーが悪く、イルカにもスイマー達にも負担になってしまっていた。今後、事故が起きなければよいが。


後日、ケアラケクア、ツー•ステップの方から海に入り、イルカが来るのを待っていたが、その日の朝は登場してくれなかった。イルカと会えるか会えないかは、ある意味「ご縁」なのだと思った。